シェフ

初めての光の味

手打ちうどん寺屋

 

 市内から少し離れていて、交通の便が良いとは言い難い場所。目を疑うほどのここだけの特別なメニューがあるわけではないが、毎日客が絶えない場所。それが、うどん屋寺屋である。入り口に小さく白く供えられた盛り塩の横を通って店内に入ると、深い鰹節のだしの香りが来る人々を迎える。それは、おでんが浸っているおでん鍋のせいかもしれない。秘密の材料から作られただしは、ほのかながら鮮やかな茶色をしている。その中には長い時間手間暇をかけて仕込みされたおでんのネタが慎ましやかに入っている。さらに奥に入ると、坊主頭の寺井氏が、キッチンで魔法の秘薬も作れそうな大きな鍋を、これまた大きな棒でかき混ぜている姿が見える。「いらっしゃいませ」の挨拶に軽く会釈をしてから、案内された席に座る。案内してくれる店員も坊主頭だ。きっと弟子に違いない。早速、このお店のおすすめメニューである、天ざるうどんを頼む。うどんが茹で上がるまでの時間は約13分。その間、入った時から気になっていたおでんを頼んでみる。だし汁からすくいあげるだけで食べられるので、気の短い私でもおでんを食べながらゆっくりうどんを待つことができる。だしがしみ込んだ丸く角が立った大根、噛めば噛むほど深い味がでる牛スジ、弾けるような弾力があるこんにゃく。このおでんに熱燗でもあれば、無理して雰囲気を作らなくても自然に微笑みが浮かぶ、久しぶりに会った親友のような組み合わせではないか。
 おでんを先付として食べていたら、メイン料理であるうどんが盆に載せられて出て来た。うどんの表面には艶があり、この麺には存在しないはずの透明感さえ感じられる。共に添えられた天ぷらから立ち昇る湯気と美味しそうな油の香りが味覚をそそる。箸をつけることが申し訳ないほど綺麗に整えられた麺を取り、つゆにつけてひと口食べた瞬間、驚きが脳みそを走る。これは美味しいかそうではないかの次元を離れた味だ。弾力のある麺を噛んだ瞬間、頭の中のどこかで光が見えたからだ。自分の感覚を疑いながらもうひと口食べてみる。やっぱり、光が到来する。一口食べるごとに、私の細胞ひとつひとつがこの新しい感覚を受け入れることを感じられる。よくある話で「食べ物は目で一回、口で一回食べる」といわれているが、寺井氏のうどんはもう一回、脳で食べるものかもしれない。これは、どこにもない第三の味。光の味である。このようなうどんはそう簡単には作れないだろう。寺井氏は毎日自身の感覚を頼りにうどんを作っている。うどんの麺は意外と繊細なものであって、天候や湿度、お店の暖房の状態にも大きく左右されるという。1日1日、少しずつ微妙に材料の量を変えていく。そして、昨日より美味しいものを作ろうと全力をそそぐのだ。きっと、毎日貪欲にうどんと向き合っているのだろう。
 自分の感覚でしか作れないうどん。寺井氏は、今後店舗を大きくする予定も他に店を出す予定もないようだ。現在、作っているうどんの量が最適であり、これより多くは作れないからだという。最後一本のうどんだけが残った。私はゆっくり時間をかけて食事をする方で、麺料理を食べると、終わりかけのひと口はいつも伸びていたり、最初の味とは別物に変化していたりする場合が多い。しかし、寺井氏の作品にはそのような不安を感じられない。むしろ、麺が私に「今まで何を食べてきたんだよ」と責めているような気がするほど、麺には弾力がしっかり残っていて堂々としている。
 今回の食事は何とも表現することが難しい。もちろん、純粋にうどんは美味しい。絶品だ。しかし、それより、光の味で満たされた料理を食べたという感動から抜け出すことが難しそうだ。映画で格好よく他人のために自分を犠牲にする主人公のように、大人になっても祖母がくれるくしゃくしゃのお小遣いのように心の深い所で落ち着く味である。

* 住所:札幌市中央区南六条西4丁目4 / 電話番号 : 011-622-4828

   HP : http://www.udonteraya.com

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